は私も、もはやここに何の用もなくなつたやうな氣がした。
「かはいさうにねえ!」
「私もう、死んでゆく人を取り扱ふたんびに、つくづくこんな職業はいやになつちまふわ!」
 こんな事を言ひ合つてゐる二人の聲を後に殘して、私もまた打ち伏せられたやうな心持になつて廊下に出た。
 すべてのものの結末は寂しい! たとへそれが善い事であれ、凶《わる》い事であれ、最後には必ず溜息が伴はれるではないか?
 私はふと、今の先自分が何の目的をもつて、またどのやうに心を樂しませて、この診察室の扉を開いたかを思ひ起した。それは人をかつぐために、嘘をつくために、さうしてその事によつて遊戲をするためにであつた。
 ところが、私が數日前から計畫し、心ひそかにその遂行を樂しんでゐた遊戲の興味は、風の前に置かれたものの匂ほどの脆《もろ》さもなく、どこかへ消え去つてしまつてゐた。今はそのなごりを心の内のどこかに潜んでゐる羞恥の念に求めるより外はなかつた。
 たとへ一歳に足らぬ小さな赤兒であるからといつて、その死もまた些細なものであるとなす事はできない。その何物をも顧慮せず、何物にもわづらひされないで、靜におごそかに行はれて行
前へ 次へ
全16ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水野 仙子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング