やうな氣がしたんぢやないのかね。とにかくもうかうなつては仕方がない。」
 醫員はペンを置いて、立ち上りざま、ズボンのかくしに兩手を差し込んだ。
「とにかく連れて歸つてくれたまへ! さうなつたものを、いつまでも置いたつて仕樣がないんだから……」
「は。」
 氣がついたやうに彼はぽくりと頭を一つ下げた。
「さあ、飯にしよう!」
 當事者以外四人の人々の胸に、多少づつの引つかかりを作つてゐた情實を、ここに截然とたち切つて、醫員は強い足取で勢よく扉を排し去つた。
「いや、どうもお世話樣になりやした!」と、朴訥《ぼくとつ》な挨拶を背後に投げて、男は溜息をつきながら自分の兵兒帶《へこおび》を解きにかかつた。さうして浮腫《むくみ》のあるやうな青ぶくれた赤兒の死骸をその肌に抱いた。
「こいつあまづ、おつ母《かあ》がまだなんにも知らねえんでゐるんだんべのに……」
 看護婦はそのよれよれの帶を拾ひ取つてやつた。彼はそれを腰に廻し、貧しい子供の上着をもつて、生ける子にするが如くその背を蔽《おほ》うてやつた。
「いや、お世話になりやした。」
 再び看護婦に挨拶を殘して、彼は遂にすごすごと診察室を出て行く……今
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