じ》まらうとしてゐるのである。彼女《かのぢよ》は喜《よろこ》びも心配《しんぱい》も、たゞそのためにのみして書《か》き入《い》れた努力《どりよく》の頁《ページ》をあらためて繰《く》つてみて密《ひそ》かに矜《ほこ》りなきを得《え》ないのであつた。
彼女《かのぢよ》はレース糸《いと》の編物《あみもの》の中《なか》に色《いろ》の褪《さ》めた夫《をつと》の寫眞《しやしん》を眺《なが》めた。恰《あたか》もその脣《くちびる》が、感謝《かんしや》と劬《いた》はりの言葉《ことば》によつて開《ひら》かれるのを見《み》まもるやうに、彼女《かのぢよ》の心《こゝろ》は驕《をご》つてゐた。その耳《みゝ》の許《もと》では、『女《をんな》の手《て》一つで』とか、『よくまああれだけにしあげたものだ』とかいふやうな、微《かす》かな聲々《こゑ/″\》が聞《きこ》えるやうでもあつた。彼女《かのぢよ》は醉《ゑ》ふたやうに、また疲《つか》れたやうに、暫《しばら》くは自分《じぶん》を空想《くうさう》の中《なか》にさまよはしてゐた。
しめやかな音《おと》に雨《あめ》はなほ降《ふ》り續《つゞ》いてゐる。少《すこ》しばかり冷《ひ》え
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