のびた院内《ゐんない》の若草《わかぐさ》が、下駄《げた》の齒《は》に柔《やはら》かく觸《ふ》れて、土《つち》の濕《しめ》りがしつとりと潤《うるほ》ひを持《も》つてゐる。微《かす》かな風《かぜ》に吹《ふ》きつけられて、雨《あめ》の糸《いと》はさわ/\と傘《かさ》を打《う》ち、柄《え》を握《にぎ》つた手《て》を霑《うるほ》す。
 別段《べつだん》さうするやうに言《い》ひつけた譯《わけ》ではなかつたけれど、自然《しぜん》自然《しぜん》に母《はゝ》の境遇《きやうぐう》を會得《ゑとく》して來《き》た娘《むすめ》の君子《きみこ》は、十三になつた今年頃《ことしごろ》から、一|人前《にんまへ》の仕事《しごと》にたづさはるのを樂《たの》しむものゝやうに、ひとりでこと/\と臺所《だいどころ》に音《おと》をたてゝゐたりするやうになつた。今日《けふ》も何《なに》やら慌《あわ》てゝ板《いた》の間《ま》に音《おと》をたてながら、いそ/\と母《はゝ》を迎《むか》へに入口《いりくち》まで出《で》て來《き》た。
『お歸《かへ》んなさい、あんね母《かあ》さん、兄《にい》さんから手紙《てがみ》が來《き》てゝよ。』
『さうか
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