《あめ》が音《おと》もなく降《ふ》つてゐる、上草履《うはざうり》の靜《しづ》かに侘《わ》びしい響《ひゞき》が、白衣《びやくえ》の裾《すそ》から起《おこ》つて、長《なが》い廊下《らうか》を先《さき》へ/\と這《は》うて行《ゆ》く。
 彼女《かのぢよ》が小使部屋《こづかひべや》の前《まへ》を通《とほ》りかゝつた時《とき》、大《おほ》きな爐《ろ》の炭火《すみび》が妙《めう》に赤《あか》く見《み》える薄暗《うすくら》い中《なか》から、子供《こども》をおぶつた内儀《かみ》さんが慌《あわ》てゝ聲《こゑ》をかけた。
『村井《むらゐ》さん、今《いま》し方《がた》お孃《ぢやう》さんが傘《かさ》を持《も》つておいんしたよ。』
 彼女《かのぢよ》はそこで輕《かる》く禮《れい》を言《い》つて傘《かさ》を受取《うけと》つた。住居《すまゐ》はつひ構内《こうない》の長屋《ながや》の一つであるけれど、『せい/″\氣《き》を利《き》かしてお役《やく》に立《た》つてみせます』と言《い》つてるやうな娘《むすめ》の心《こゝろ》をいぢらしく思《おも》ひながら、彼女《かのぢよ》はぱちりと雨傘《あまがさ》をひらく。寸《すん》ほどに
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