すぐに自分自身《じぶんじしん》のために、また子供達《こどもたち》の爲《ため》めに働《はたら》かなければならなかつた。彼女《かのぢよ》は間《ま》もなく親戚《しんせき》に子供《こども》を預《あづ》けて土地《とち》の病院《びやうゐん》に勤《つと》める身《み》となつた。彼女《かのぢよ》は脇目《わきめ》も觸《ふ》らなかつた。二|年《ねん》三|年《ねん》は夢《ゆめ》の間《ま》に過《す》ぎ、未亡人《びぼうじん》の操行《さうかう》に關《くわん》して誰一人《たれひとり》陰口《かげぐち》を利《き》く者《もの》もなかつた。貧《まづ》しくはあつたけれど彼女《かのぢよ》の家柄《いへがら》もよかつたので、多少《たせう》の尊敬《そんけい》の心持《こゝろも》ちも加《くは》へて人々《ひと/″\》は彼女《かのぢよ》を信用《しんよう》した。その間《あひだ》に彼女《かのぢよ》は産婆《さんば》の免状《めんじやう》も取《と》つた。
 彼女《かのぢよ》が病院《びやうゐん》生活《せいくわつ》に入《い》つてから三|年目《ねんめ》の秋《あき》に、ある地方《ちはう》から一人《ひとり》の若《わか》い醫者《いしや》が來《き》て、その病院《びやうゐん》の醫員《いゐん》になつた。彼《かれ》は所謂《いはゆる》人好《ひとず》きのする男《をとこ》で、殊《こと》に院内《ゐんない》の看護婦達《かんごふたち》をすぐに手《て》なづけてしまうことが出來《でき》た。彼《かれ》は、自《みづか》ら衞《まも》ることに嚴《おごそ》かなもとめ[#「もとめ」に傍点]の孤壘《こるゐ》に姉《あね》に對《たい》する弟《おとうと》のやうな親《した》しさをみせて近《ちか》づいて行《い》つた。彼《かれ》は彼女《かのぢよ》よりも二つばかり年下《としした》なのであつた。いつの間《ま》にかぱつと二人《ふたり》の關係《くわんけい》が噂《うは》さにのぼつた。噂《うは》さが先《さ》きか、或《あるひ》は事實《じじつ》が先《さ》きか――それはとにかく魔《ま》がさしたのだと彼女《かのぢよ》はあとで恥《は》ぢつゝ語《かた》つた――間《ま》もなく彼女《かのぢよ》が二人《ふたり》の子供《こども》と共《とも》に、院内《ゐんない》の一|室《ま》に若《わか》い醫者《いしや》と起《お》き伏《ふ》しゝてゐることは公然《こうぜん》になつた。院長《ゐんちやう》の某《なにがし》が媒《なかだ》ちをしたのだとい
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