ごろし、――アハハ……。わしゃ、おん年十六歳のときその後家を口説《くど》いたことがあるが、それ以来、自分から思い立って仕かけたことはなに一つありゃせん。天下国家のためだか知らんがのう。斬るうぬは、憎いとも斬りたいとも思わないのに、人から頼まれてばかり斬って歩くのも、よくよく考えるとおかしなもんだぞ」
「馬鹿なっ。なんのかんのと言うて、隊長急におじけづいたんですか!」
「…………」
「折角《せっかく》京までつけて来たのに、みすみす大村の首をのがしたら、大楽どんに会わする顔がござりませぬぞ」
「…………」
「あっ、しまった隊長! ――二階の灯《ひ》が消えましたぞ!」
「…………」
「奴、気がついたかも知れませんぞ!」
 せき立てるように言った声をきき流し乍ら、直人は、黙々と首を垂れて、カラリコロリと、足元の小石を蹴返《けかえ》していたが、不意にまた、クスリと笑ったかと思うと、のっそり顔をあげて言った。
「では、斬って来るか。――小次! おまえ気が立っている。さきへ這入《はい》れっ」
 飛び出した市原小次郎につづいて、バラバラと黒い影が塀を離れた。
 あとから、直人がのそりのそりと宿の土間へ
前へ 次へ
全35ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング