》れる。
 濡れる袂《たもと》になんじゃらほい。
 あれは紀の国、本能寺。
 堀の探さは何尺なるぞ。
 君を斬らずばわが身が立たん。
[#ここで字下げ終わり]
 立たんか、斬らんか、――えいっ。スパリ。アハハ……。もういかん。隊長。一曲、この妓と物しとうなりました。いいでがしょう。来い。女。あっちの部屋へ参ろう!」
 くずれるようにしなだれかかって、その首へ手を巻きつけると、ぐいぐいと引っ張った。
 小次郎も廻って来たのである。
「よし来た。そのこと、そのこと、怒っちゃいけませんぞ。隊長。――いけっ、いけっ、丸公《たまこう》、別室があろう。来い! 女!」
 立ちあがって、よろよろとし乍ら歩き出そうとしたのを、じっと見守っていた直人のこめかみがぴくぴくと青く動いた。
 とみるまに、目がすわった。
 同時に、じりっと膝横のわざ物に手がかかった。
 腹が立って来たのだ。憎悪《ぞうお》がこみあげて来たのだ。
 理窟もなかった。理性もなかった。歩行も出来ない身をいいことにして、これみよがしに歓楽を追おうとしているふたりの傍若《ぼうじゃく》な振舞に、カッと憎みがわきあがったのである。
「まてっ」

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