した。
「――なにをか主水之介、申しましょうや。ただただ……」
「胸がすいたか」
「ははッ。聖人は色を以て賢に替えず。天っ晴れ神君御血筋の御名君! この君戴いて天下泰平、諸民安堵! 御名君! 御名君! 主水之介のよろこびは四民のよろこび、何とも申し上げようもござりませぬ」
「いかん! いかん! そちの御名君々々々が出るとあとがこわいぞ、のう、豊後!」
「御意!」
「また冷汗かかされぬうちに引揚げた方が賢明じゃ。――よい夜気《やき》のう。今宵は快うやすまれるぞ。豊後! 馬!」
「はッ」
 最後のさしまねいた手に応じて、橋の向うからかけよって来た御乗馬にゆらりとまたがられると、
「主水之介、時おりはまた小言を堪能させにまいれよ。さらばじゃ」
「主水之介どの今宵のお手柄、祝着《しゅうじゃく》に存ずる。挨拶はいずれ後日――」
 はれやかな会釈のこして溝口豊後守も騎乗。カバ、カバ、こころよい蹄の音ひびかせて将軍家の一行は千代田城の奥へ、――見送る中から、くくと男の泣声がわきました。
 十五郎です。
 うれしかったのです。とるに足らないと思っていた自分の妹風情の恋の倖《しあわ》せが、天下将軍じきじ
前へ 次へ
全89ページ中87ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング