立ったのが将軍家と知ると、あッとばかりに、顔をふせて、砂利へくい入るようにはいつくばいました。
「よくもこの綱吉に一代の恥かかせおったな。裁きは豊後に申しつくる。なお、町人どもをどのように苦しめているやも知れぬ。仮借《かしゃく》のう糾明《きゅうめい》せい。――目障りじゃ。早うひけいッ」
鶴の一声、とびかかった御近習の刀の下げ緒《お》でくくしあげられた腰本治右衛門、まことあわれ千万なその姿は、おりからほのかにさしはじめた月明りの中を、一味ともども伝馬町の大牢の方へひかれて行きました。
「笑止な奴よのう! ――主水之介!」
「はッ」
「君子の謬《あやまち》は天下万民これを見る。よくぞ紋めの膝で諌言《かんげん》いたしてくれた。綱吉、礼をいうぞ」
光風霽月《こうふうせいげつ》、さきほどまでのことには何のこだわりもない明るいお声です。見上げる退屈男の目に光るものがわきました。
「上《かみ》!」
「綱吉の仕置き、これでよいか」
「なにをか、なにをか――」
このお裁きいただきたさに、決死の登城をしたのです。天下万民のため命をすててと、こめた願いは通ったのです。主水之介の声はぐっと感激につまりま
前へ
次へ
全89ページ中86ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング