上《かみ》、この主水之介の三河ながらの手の内試し、御所望ならんと存じ、御心ゆくばかり――」
「堪能させおったか」
「御意!」
「はははははは。いよいよもってにっくい主水之介じゃ。おもしろい。――おもしろい。いやのう。さきほどのそちの申し開き、胸にこたえてよくわかったが、心冴えぬは紋の不始末じゃ。女の表裏二心は大賢をも苦しむると申すが、尤もじゃのう。ふと、三河ながら、三河ながらと吹きおったそちの手の内ためしたら癇癪《かんしゃく》も晴れようと気づき、豊後《ぶんご》をはじめこの者共ひきつれて涼みにまいったのじゃ。よくやりおったな! 主水之介! 天ッ晴れじゃ! 見ごとじゃ! わしの胸の内、見ごとに晴れたわい。――主水之介!」
「は!」
「紋には暇《いとま》とらすぞよ」
「ははッ」
「まったこれなる人非人――」
 不興げに治右衛門の上を走ったお目が、うしろへ流れました。
「豊後! 豊後!」
「ははッ」
 するすると出てうずくまったのは、大目付溝口豊後その人でした。
「そのうじ虫に活を入れい!」
「はッ」
 エイッと、豊後に背を打たれて正気づいた治右衛門、キョトキョトまわりを見まわしましたが、前に
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