下座ッ。神妙に下座せいッ」
自らもまたその場に正座して、お濠端にのこった指揮者らしい姿にうやうやしく一礼すると、神色かわらぬその面にはればれとした笑みをただよわせながらいいました。
「上《かみ》! 三河ながらの旗本の手の内、まった生《き》ッ粋《すい》旗本の性根のほど、この辺で御堪能にござりましょうや」
一七
「あははは。にっくい奴のう! 見破りおったか!」
さわやかな笑いでした。笑いと共にずいと進みよった覆面の中から流れ出た声は、意外、将軍家綱吉公のそれでした。ふところ手のまま、主水之介の面前に立たれて、一段とお声が明るくかかりました。
「堪能じゃ堪能じゃ。いや、濠ぎわに追いつめられた時は汗が出るほど堪能いたしたぞ。あはははは、天下の将軍にあれまで堪能さすとは、にっくい主水之介よのう。はじめより余と知っての馳走か!」
「御意!」
「のう……」
「おそれながら、御骨相におのずとそなわる天下の御威光、夜目にもさえざえと拝しました上、御近習衆のお槍筋が、揃いも揃ったお止め流の正法眼流《せいほうがんりゅう》! 更には又、葵《あおい》御紋をも憚《はばか》らぬ不審! さては、
前へ
次へ
全89ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング