寵うくる妹に不義しかけさせるさえあるに、この主水之介の命うぼうて上の御賢明をくらまそうとは何事ぞ! 目をさませッ。本心とりもどせ。性根《しょうね》入れ替えると一言申さば、主水之介とて同じお旗本につらなる身、ことを荒立てとうはない! いかがじゃ!」
「な、な、なにをッ。う、うぬのその口封じてしまえばよいのじゃ!」
白覆面の中からにごったわめきをふきあげました。
「い、妹の器量ならうぬもうつつぬかそうと考えたのがこっちの手違い、いやさ、うぬさえこの世におらずば、おれと妹の天下じゃわい。やるッ。やるッ。――か、方々ッ。そっちの方々ッ」
「………」
「おかかりなされッ。この邪魔者消すは今宵じゃ、明日にならば、――いや、善は急げじゃッ、そっちも多勢、こっちも多勢、力を合せたらこやつ一匹ぐらいわけはないのじゃッ。早うとびこみめされいッ。早うお突き立てめされいッ」
黒鍬上がりのいやしさをまる出しに、お濠端の方へ懸命にわめきかけましたが、――不思議でした。動かないのです。濠端の一団は、どうしたというのか、いつのまにか槍の構えもすてて、もくもくとこちらを見守ったままなのです。腰本治右衛門のいら立ちも
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