。大層もないお叱りをうけましたんで、ちょっとわびを言ったら、そのわびの言い草が気に入らないというんですよ」
「文句を言ったは貴様等か!」
「何でござんす」
 ひょいと見あげた梅甫の目と小芳の目とが、なにげなくうしろの鶉へ向けられると一緒に、
「あッ……」
 小さなおどろきの叫びが先ず小芳の口からあげられました。見覚えのある顔!
 いや、見覚えどころではない。小侍たち六人が飛び出して来たその鶉席に傲然《ごうぜん》と陣取って、嘲笑《あざわら》うようにこちらを見眺めていた顔こそは、小芳がまだ曲輪にいた頃、梅甫とたびたび張り合った腰本《こしもと》治右《じえ》衛門なのです。――元は卑《いや》しい黒鍬組《くろくわぐみ》の人足頭にすぎなかったが、娘が将軍家のお手かけ者となってこのかた、俄かに引き立てられて、今では禄も千石、城中へ出入りも自由のお小納戸頭取《こなんどとうどり》というすばらしい冥加者《みょうがもの》でした。
「あいつめが来ておるとすると――」
「企んで仕かけた事かも分りませぬ。兄さん!……」
 小芳はさッと青ざめ、兄の方へ目まぜを送ると、小声で囁きました。
「何とかうまく扱っておくんなん
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