一途の御諚が下るのは知れ切ったことでした。
 すべては御癇癖が鎮まってからのこと。その御気色の軟らぐのを待つために、ことさら押し黙って、ことさらにおもてもあげずしんしんと平伏をつづけました。
 策は当った。
 次第に御癇の虫が軟らいだとみえて、先ずお座へ就かれました。
「茶! 茶! お茶はいずれじゃ」
「御前《おんまえ》にござります……」
 お召しあがりになった気はいでした。
 咽喉《のど》の乾きが止まれば、御癇の虫も止まる。
 案の定、声にはまだ嶮《けわ》しい名残りがあったが、どうやら御心も鎮ったらしい御諚が下りました。
「申開きあらば聞いてえさせる。顔あげい!」
「はッ……」
 もう頃合いです。
 静かにおもてをあげると、朗々とめでたくもなだらかな声が流れ出しました。
「いつにないお爽やかな御気色《みけしき》、主水之介何よりの歓びにござります」
「なに! 爽かな御気色とは何じゃ! 予の怒った顔がそちには爽やかに見ゆるか!」
「またなきお爽やかさ、天下兵馬の権を御司《おんつかさど》り遊ばす君が、取るにも足らぬ佞人《ねいじん》ばらの讒言《さんげん》おきき遊ばして、御心おみだしなさるよう
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