変哲《へんてつ》もない只の犬だが、八百万石御寵愛の犬とあってはこれも御威光広大、位も五位と見えて、尾の長い五位さまがいとも心得顔に、将軍家お褥《しとね》のかたわらへちょこなんと坐ったところへ、荒々しいたたみの音がつづいて、お犬公方綱吉公のけわしい顔が現れました。
 同時です。
「不所存者めがッ。どの顔さげて参った!」
 はぜるような雷声《かみなりごえ》が、主水之介の頭上へ落ちかかりました。
 よくよく御癇癖《ごかんぺき》が募《つの》っているとみえるのです。それっきり、褥《しとね》を取ろうともせずに立ちはだかったまま、じりじりとしていられたが、意外なところへさらに大きな飛び雷が落ちました。
「豊後も何じゃ! うつけ者めがッ」
「はッ」
「は、ではない! このざまは何のことじゃ! なぜ、なぜ、――なぜ主水之介を生かして連れおった!」
 思いもよらぬ御諚《ごじょう》です。
 主水之介は、はッとなりました。おそらく首にして連れいとの御内命があったに相違ない。あったればこそ、生かして連れて来たことがお叱りの種にもなったのです。この雲行から察すると、治右の手がすでに将軍家にまでも伸びているのは
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