い、御前裁きというからには、両々対決さすべきが当然であるのに、座の容子ではまさしく片手裁きです。
お坊主たちを促して、何かと手配させている豊後の顔は真ッ青でした。
その顔は、闇から闇へ葬ることの出来なかったことを恐るる色でした。
御直裁《ごじきさい》を仰ぐと言ったものの、栽きを仰いでもし一主水之介、身の潔白を立て通しえたら、大目付職務の面目は丸潰れなのです。人を呪ったその穴は、おのが足元にぽっかりとあいて来るのです。
城内、夜陰の気はしんしんと引きしまって、しわぶきの音一ツない。
主水之介のおもても冴えて白く、光るのは只眉間傷ばかり。
将軍家は大奥入りをしていられるとみえて、お坊主の顔がのぞいては消え、消えてはまたのぞきながら、しきりと豊後守の青い顔と何か囁き合っていたが、やがてのことにお廊下をこちらへ、高々と呼び立てた声があがりました。
「御出座!」
右と左と、豊後、主水之介、ふたりの姿がはッと平伏したのと一緒に、ちょこちょこと出て来たのは赤白まだらの犬です。お犬公方様またなき御愛犬と見えて、お守役のお城小姓がふたり。
「五位さま、こちらこちら。お席はここでござります」
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