た策であるか、もしも治右が陰に動いて、破邪顕正の大役承わる大目付までをもおのが薬籠中《やくろうちゅう》のものにしているとしたら、ゆめ油断はならぬ。おそらく将軍家の耳にも、身の潔白は歪められて、ゆうべの一条もあることないこと様々に尾ひれをつけた上、さもこちらからお紋の方にゆるしがたき不義の恋しかけたごとく言上されているに違いないのです。
 主水之介は、ぐいと丹田に力を入れて、静かに腹をなでました。
 黒が白と通る将軍家です。
 ましてやその一|顰《びん》一笑によって、国も傾く女魔《にょま》がおつきなのです。
 下乗橋《げじょうばし》からお庭伝いに右へいって、中ノ口。そこが名だたる江戸御本丸の中ノ口大玄関でした。
「大目付、溝口豊後守様、御登城にござりますうウ……」
「おあと、早乙女主水之介殿、御案内イ……」
 時ならぬ夜の登城でした。呼び立てたお城坊主に案内されて、大廊下、中廊下を曲りながら導かれていったところは、老中御用都屋につづいた中御評定所《なかごひょうじょうしょ》です。
 主水之介の席は、はるかに下がって左り。
 右は、腰本治右衛門が控えるだろうと思われたのに、それらしい気色もな
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