主水之介は自若としたままでした。ぴかり、ぴかりと眉間傷を光らして、静かなること林のごとくに打ち笑みながら待ちうけているところへ、案の定、七人、八人、九人、十人近い人の顔が現れました。
 羽織、袴、申し合せたような黒いろずくめの長刀を握りしめて、鯉口《こいぐち》こそ切ってはいなかったが、その目には、その顔のうちには、歴然たる殺気がほの見えました。
 しかも悉《ことごと》く年が若い。
 察するところ、大目付溝口豊後守が飼い馴らしている腕ききの家臣ばかりらしいのです。
 その十人が右に五人、左に五人、声のない人のように気味わるく押し黙りながら片膝立て、ずらりと主水之介の両わきへ並んだところへ、当の溝口豊後守がけわしく目を光らしながら進みよって立ちはだかると、突然、冷たくきめつけるように促しました。
「立ちませい!」
「立てとは?」
「何と言い張ろうとも、不倫の罪はもはや逃がれがたい。今より登城して将軍家御じきじきのお裁きを仰ぐのじゃ。豊後、大目付の職権以って申し付くる。早々に立ちませい!」
「ほほ、なるほど、急に空模様が変りましたのう」
 冷たい笑いが、さッと主水之介のおもてをよぎり通りまし
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