す。ピカリと眉間傷光らして、静かに言葉を返しました。
「主水之介、もし切腹せぬと申さば?」
「知れたことじゃ。今宵にもお上よりお差し紙が参るは必定《ひつじょう》、お手討、禄は没収、家名は断絶で御座るぞ」
「智恵者に似合わぬことを申しますのう。もしもお紋の方、父治右衛門と腹を併《あわ》せて、知りつつ企らんだ不義ならば何と召さる。かような膳立てになろうとは承知のうえでこの主水之介、わざとお借り申した膝枕じゃ。どうあっても切腹せぬと申さば何と召さる!」
「さようかせぬか……」
 突然です。静かに見えた豊後守の目の底に冷たい光りがさッと走ったかと見えるや、何か第二段の用意が出来ているとみえて、そのまますうと玄関口へ消えました。
 刹那。異様な気勢《けはい》です。静まり返っていたその玄関のそとで、不意にざわざわと只ならぬざわめきがあがりました。

       一二

 ざわ、ざわ、ざわと、異様な音は、玄関口から座敷の中へ、次第に高まって近づきました。
 只の音ではない。
 まさしくそれは殺気を帯びた人の足音なのです。
 人数もまた少ない数ではない。
 たしかに八九名近い足音なのです。
 しかし
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