からも使者らしい使者は来る気勢《けはい》もないのでした。
水の里本所は水に陽が沈んで、やがて訪れたのは夕ぐれです。高枕したまま起きようともしない主水之介の居間にもその夕やみが忍びよったとき、突然、玄関先で憚《はば》るように訪《おと》のうた声がある。
ハッとなって京弥が出ていったと思うまもなく、青ざめて帰って来ると主水之介をゆり起しました。
「御前! 御前! ……。参りましたぞ!」
「来たか」
「来たかではござりませぬ。大目付様、おしのびで参りましたぞ」
「大目付にも多勢《おおぜい》ある。誰じゃ」
「溝口豊後守様《みぞぐちぶんごのかみさま》でござります」
「ほほう、豊後とのう。智恵者が参ったな」
主水之介はようやくに起き上がりました。――大目付は芙蓉《ふよう》の間詰、禄は三千石、相役四人ともに旗本ばかりで、時には老中の耳目となり、時にはまた、将軍家の耳目となり、大名旗本の行状素行《ぎょうじょうそこう》にわたる事から、公儀お政治向き百般の事に目を光らす目付見張りの監察《かんさつ》の役目でした。その四人の中でも溝口豊後守と言えば、世にきこえた智恵者なのです。
「ここへ通せ」
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