……」
「お兄様!」
「………」
「殿!」
いち途《ず》の不安に京弥たちふたりはおろおろして左右からつめよったが、しかし主水之介はもう高枕です。屋敷へかえりつくと、ゆうべの膝枕を楽しみでもするかのようにそのまま横になって、かろやかな鼾《いびき》すらも立て初めました。
「飛んだことになりましたな……。さき程番町の屋敷へ訪れたときの容子、案内《あない》していきましたときの容子、お紋の方様が治右衛門めの娘とあっては、まさしく腰本が仕組んだ企らみに相違ござりませぬ。主人は只今火急の用向にて登城中と申したが気がかり、今になにか御城中から恐ろしいお使者が参るに相違ござりませぬぞ」
「な! ……。それにしてはお兄様の憎らしいこのお姿。こんなに御案じ申しあげておりますのに、すやすやとお休み遊ばして何のことでござりましょう。もし、お兄様!」
「………」
「お兄様!」
起きる気色もない。ことさらに落ちついているあたり、今に訪れるに違いない禍いのその使者を待ちうけているかのようにも見えるのです。
だが、不思議でした。
もう来るかもう来るかと、菊路たちふたりはおびえつづけていたのに、城中はおろか、どこ
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