と立ちはだかりました。

       九

 その夜ふけ……。
 丑満近《うしみつちか》い本所あたりは、死の国のような静けさでした。
 もうおかえりか、もう御戻りの頃であろうと、寝もやらず兄の帰りを待ったが、しかし主水之介は、番町の腰本治右屋敷へ乗り込んでいったきり、待てど暮せど一向に帰る気色《けしき》もないのです。
 るすを守る京弥と菊路のふたりは、当然のごとくに不安がつのりました。
「ちとおそうござりますのな。どうしたのでござりましょう。大丈夫かしら?」
「………」
「なぜお黙りでござります! 菊がこんなに心配しておりますものを、あなたさまは何ともござりませぬのか。もう他人ではない筈、いいえ、菊の兄ならあなたさまにもお兄上の筈、一緒に心配してくれたらいいではありませぬか」
「心配すればこそ、京弥もこうして、さきほどからいろいろと考えているのでござりまするよ」
「あんなことを! 心配していたら、御返事ぐらいしたとていいではありませぬか。憎らしい……。このごろのあなたさまは何だかわたくしにつれなくなりましたのな。そのような薄情のお方は――」
「イタイ! イタイ! なにをなさります! 
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