暮れどき。
番町の治右衛門邸へ乗りつけたのが、かれこれもう初更《しょこう》近い刻限でした。
成上がり者ながら、とにもかくにも千石という大禄を喰《は》んでいるのです。役がまたお小納戸頭《おなんどがしら》という袖の下勝手次第、収賄《しゅうわい》御免の儲け役であるだけに、何から何までがこれみよがしの贅沢ぶりでした。
「早乙女の御前様、御入来にござります」
「これはこれは、ようこそ。さあどうぞ。御案内仕りまする。さあ、どうぞ」
ずらずらと配下の小侍が三四名飛び出すと、下へもおかぬ歓待ぶりが気に入らないのです。
導いていった座敷というのも油断がならぬ。
酒がある。
燭台《しょくだい》がある。
ずらずらと広間の左右に八九名の者が居並んで、正面にどっかと治右が陣取り、主水之介の姿をみるや否や座をすべって、気味のわるい程にもいんぎんに手をつきつつ迎えました。
「ようこそお越し下さりました。酒肴《しゅこう》の用意この通りととのいおりまする。どうぞこちらへ……」
どんな酒肴か、槍肴《やりざかな》、白刄肴《しらはざかな》、けっこうとばかり退屈男はのっしのっしと這入って行くと、座敷の真中にぬう
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