た」
「みせい!」
 さし出したのは、すばらしくも贅沢《ぜいたく》きわまる文筥《ふばこ》なのです。
 しかし、中の書状に見える文字《もんじ》は、またすばらしくもまずい金釘流なのでした。

「てまえごときもの、とうてい、お対手は出来申さず候。ついてはおわび旁々《かたがた》、おちかづきのしるしに、粗酒一|献《こん》さしあげたく候間、拙邸《せってい》までおこし下さらば腰本治右衛門、ありがたきしあわせと存じ奉りあげ候」

 粗酒一献とあるのです。
 拙邸ともある。
「わッははは。黒鍬組の親方、漢語を使いおるのう。拙邸と申しおるぞ。使いはいずれじゃ」
「お玄関に御返事お待ち申しておりまする」
「今行くと伝えい! 乗り物じゃ。すぐ支度させい!」
「御前、おひとりで?」
「そうだ。わるいか」
「でも、もし何ぞよからぬ企らみでもござりましたら――」
「企らみがあったら、ピカリと光るわ。江戸御免の眉間傷|対手《あいて》に治右《じえ》ごとき何するものぞよ。あとで菊路とおいちゃいちゃ遊ばしませい。わッははは。六日待たすとはしびれを切らしおった。いつ罷りかえるか分らぬぞ」
 乗って本所長割下水を出かけたのが日
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