そんなところを抓《つね》ってなぞして痛いではありませぬか!」
「いいえ、つねります! 抓ります! もっとつねります!……」
同じ心配をするにしても、このふたりの心配振りは諸事穏やかでない。
だが、肝腎の主水之介は、いつまで経っても帰らないのです。
しらじらとして、ついに夜があけかかりました。
しかし、沓《よう》として消息はない。
「どうしたのでござりましょうな。いかなお兄上さまでも、少しおかえりがおそうござります。それにお招きなさった方は、素姓《すじょう》が素姓、わたくし何だか胸《むな》騒ぎがしてなりませぬ」
「ゆうべ届いた腰本の書面はどこにござります? ちょっとお貸しなされませい」
読み直してみたが、しかしそれには、てまえごときもの、とうていお対手は出来申さず候、おちかづきのしるしに粗酒一|献《こん》さしあげたく、拙邸までお越し下さらば云々と書いてあるばかりなのです。
何でもないと思えば何でもない。
何か企らみがあると思えば思えないこともない。
突然、京弥のおもてに、さッと血の色がのぼりました。
「お支度なさりませ!」
「いってくれまするか!」
「ぼんやり待っておりま
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