鍬組の小侍のひとりなのです。
「たわけがッ。傷の早乙女主水之介を何と心得おるぞ。腰本治右の差図か!」
「そ、そ、そうなんでござります。おまえらふたり、十五郎に化けて、かようかように梅甫夫婦を脅《おど》して来いと言われましたゆえ、迷って出たのじゃ、今すぐ別れろと、うまうまひと狂言書いたのでござります」
「夜な夜な玄関先の寒竹の繁みの中とやらへも、白い影が出るとか申したが、それもおまえらの仕業《しわざ》か」
「相済みませぬ。あそこの生き埋めの井戸というのがあるのを幸い、脅しつけろ、と腰本様がおっしゃりましたゆえ、変化《へんげ》の真似をしたのでござります……」
「たわけものめがッ。その方共も黒鍬組のはしくれであろう。下賤者ではあろうとも黒鍬組はとにもかくにも御直参の御家人じゃ。他愛もない幽霊の真似なぞするとは何のことかッ。腰本治右に申すことがある。少し痛いが待て。――梅甫、料紙《りょうし》をこれへ持参せい」
 足で踏んまえながら、さし出した筆と紙を手にとると、主水之介はさらさらと書きしたためました。

「早乙女主水之介、傷供養に喧嘩を買った。いつでも退屈払いに参ってつかわす。汝、お手かけ馬の
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