味のわるいことを言いのこして、ふわふわと消えていったんでござんす」
 言うか言わないかに、ふわりと薄暗い庭先へ浮いた影がある。
 血を浴びたおどろ髪の十五郎なのです。
 刹那。
「あッ」
 と言ってその十五郎がおどろいたのと、
「まてッ」
 叫んで主水之介が庭へ飛びおりたのと同時でした。
 逃げ走る影をみると、同じ姿の同じ血を浴びた十五郎がふたりいるのです。
「たわけッ。化けたかッ」
 声と一緒に泳いで五尺、主水之介の手が手馴れの一刀にかかったと見るまに、見事な一斬り、五千両が程の涼しさでした。すういと薙《な》いでおいて、逃げのびようとしていた今ひとりの十五郎へ躍りかかると、
「面体みせい!」
 襟首押えて引きすえた下から、声がもうふるえているのです。
「相すみませぬ。十、十五郎ではござりませぬ。お見のがし願わしゅうござります。手、手前でござります」
「控えろッ。どこの手前かその手前を見るのじゃ。梅甫、灯《あか》りを持てい!」
 灯りをさしつけて見しらべると、傷なぞある筈はない。血は塗《ぬ》った血、おろか千万なこのつくり十五郎は、まぎれもなく昼間|森田座《こびきちょう》で見かけたあの黒
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