にひと肌ぬがぬか」
「よろしゅうござります。医者のこと、隠れ家のこと、一切お引きうけいたしましょう。たんと眉間傷を啼かしておいでなさいまし」
「味を言うのう。吉三郎のおいらん、浮気するでないぞ」
「あんなことを……。ぬしさんこそ、小芳さんとやらに岡惚れしんすなえ」
「腰本黒鍬左衛門とはちと手筋が違うわい。アハハ……。世の中にはまだ退屈払いがたんとあるのう。女共、気まぐれ主水之介、罷《まか》り帰るぞ。乗物仕立てい」
眉間傷の出馬となると、主水之介の声までが冴えるのです。――ゆらゆらゆれて行く駕籠の右と左りに、江戸の夏の灯の海が涯なくつづきました。
七
鐘が鳴る……。
そんなにふけたわけではないが、明神裏というと元々宵の口から、街の底のようなさみしい街なのです。
「これか。惚れた同士の恋の巣は、どこかやっぱり洒落《しゃれ》ておるのう。駕籠屋ども、すき見するでない。早う行け」
灯影一ツ洩れない暗い玄関先へ、主水之介はずかずかと這入りました。
右手の寒竹の繁みが、ザアッと鳴った。
生き埋めの井戸の上のあの繁みなのです。
しかし、何も出たわけではない。黒い影も白い
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