、身共の知ったことではない、嫌じゃ勝手にせいと申したら何とする?」
「………」
「どうする了簡《りょうけん》じゃ」
「いたし方がござんせぬ」
 さみしそうな声でした。あの気性なら、この気性を買って下さるだろうと思ったのに、当てがはずれたか! ――口では言わなかったが、十五郎は急にこの世がさみしくなったとみえるのです。全身これ精悍と思われた男が、しょんぼり立ち上がると、生血にもつれたおどろ髪を川風にそよがせながら、しょんぼりと出て行きました。
「まてッ」
 刹那でした。ひとたび命を張れば豹虎《ひょうこ》のごとく、ひとたび悲しめば枯れ葉のごとくに打ち沈んで行くその生一本の気性が、こよなくも主水之介の胸を衝《う》ったのです。
「眉間傷貸してやる! 妹の住いはいずれじゃ」
「え! じゃ、あの!……」
「眉間傷に暑気払いさせてやろうわい。小芳とやらの住いはいずれじゃ」
「十五郎、うれしくて声も出ませぬ。神田の明神裏の篠原梅甫というのが配《つ》れ合いでござんす。手前、ご案内いたします……」
「無用じゃ。その怪我ほってもおかれまい。そちはどこぞへ隠れて傷養生せい。成田屋、その方も江戸ッ児じゃ。下総男
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