りです。
屋号は谷の家。
川にのぞんだ座敷には、いく張りかの涼しげな夏提灯がつるされて、青い灯影《ほかげ》が川風にゆれながら流れ散って、ひとしおに涼しげでした。
「ま! 花魁《おいらん》も……」
「傷の御前も……」
婢《おんな》たちは、目が高いと言っていいか、低いと言っていいか、主水之介をそれと看破《みやぶ》って成田屋、おいらん、二人が取巻きの川涼みと思ったらしく、忽ちそこへ見る目もさらに涼しい幾品かの酒肴《しゅこう》を運びました。
「おいらん、一|献《こん》汲むか」
「あい。お酌いたしんす……」
「のう、成田屋」
「はッ」
「は、とは返事がきびしいぞ。市川流の返事は舞台だけの売り物じゃ。もそっと二枚目の返事をせんと、奥州に振られるぞ。さきほどのおししは、十万石位のおししだったのう」
「あんなことを! 憎らしい御前ざます。覚えておいでなんし。そのようなてんごうお言いなんすなら――」
くねりと身をくねらせて吉三郎の奥州が、やさしく主水之介を睨めながら、チクリと膝のあたりをつねりました。――こぼるるばかりの仇ッぽさ、退屈男上機嫌です。
「痛い! 痛い! おししが十万石なら、この痛さ
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