「へえへえ。止めますがお気分でもわりいんですかい」
「いいえ、あの、わちき、――おししがやりたい……」
 主水之介の目が簾垂れの中で、思わずピカリと光りました。消え入るような声で恥じらわしげに、おししがやりたいと言ったその声は、何ともかとも言いがたくなまめかしかったからです。
 ――しかもその身のこなし!
 どう見てもそれは男ではない。
「ごぜん、ごめんなんし……」
 パッと赤くもみじを散らして、消えも入りたげに、恥じらい恥じらい、駕籠の向うの小蔭へいって身をこごませると、さながらに女そのままの風情で用を足しました。
 そのえも言いがたいなまめかしさ!……。
 その身だしなみの言いようなきゆかしさ!……。
「ああ、いい女形《おやま》だな……。名人芸だ」
 思わず団十郎《なりたや》が感に堪えかねたように、すだれの中から呟きました。
 主水之介もまた恍惚となって見とれました。
 そのまに駕籠は大川端を下って料亭へ。

       五

「いらっしゃいまし!……」
「あら! 成田屋さんじゃござんせんか。どうぞ! どうぞ! さあどうぞ……」
 行きつけのうちと見えて、下へも置かない歓待ぶ
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