「ごぜん、どうざます。女子《おなご》に見えますかえ。およろしかったら、わちきに酌なとさせておくんなまし……」
「わはは、そうか、そうか、団十郎《なりたや》め、心憎い趣向をやりおった。女子《おなご》がおると思えばおるような、いないと思えばいないようなと申したはこのことか。いや、いないどころか立派な女子じゃわい。主水之介、苦労がしとうなった。どうじゃ、奥州、いっそ成田屋を撒《ま》いてどこぞでしっぽり濡れてみるか」
「お口さきばっかり……。では成田屋さん、お伴《とも》させて頂きんしょう」
 櫛《くし》、こうがい、裲襠《うちかけ》姿のままで吉三郎が真ん中、先を成田屋、うしろに主水之介がつづいて、木挽町《こびきちょう》の楽屋を出た三|挺《ちょう》の列《つら》ね駕籠は、ひたひたと深川を目ざしました。
 すだれ越しに街の灯がゆれて、大川端は、涼味肌に泌《し》みるようです……。
 さしかかったのが江戸名代の永代橋。
「あの、もうし、かご屋さん……」
 渡り切ると、不意に簾垂《すだ》れの中から、吉三郎の奥州が、もじもじしながら恥ずかしそうに呼びとめました。
「ちょっと、あの、かごを止めてくんなんし……
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