い。誰か、若い者、若い者は誰かおりませぬか」
番頭を呼び招くと団十郎は、何の趣向にとりかかろうというのか、小声でそっと命じました。
「さき程ちょっと耳打ちしておいたから来て下さる筈だ。上方《かみがた》の親方を呼んで来な」
「いいえ、お使いには及びませぬ。参りました」
まるで声は女です。恥ずかしそうに身をくねらせながら、鬘下地《かつらしたぢ》の艶《えん》な姿を見せたのは、上方下りの立女形《たておやま》上村吉三郎でした。
「お初に……」
「おう。主水之介じゃ。世の中がちと退屈でのう。楽屋トンビをしておるのよ。舞台は言うがまでもないが、そうしておる姿もなかなかあでやかじゃのう」
「御前が、御笑談ばっかり……。江戸の親方さん、では、身支度に――」
「ああ、急いでね。早乙女のお殿様のお目の前で女に化《な》ってお見せ申すのも一興だから、一ツ腕によりをかけて頼みますよ」
「ようます」
吉三郎の姿は、みるみるうちに女と変りました。しかも只の女ではない。持ち役そのままの傾城姿《けいせいすがた》、奥州に早変りしたのです。いや、その声は言うもさらなり、言葉までがすっかり吉原育ちの傾城言葉に変りました。
前へ
次へ
全89ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング