は空恐しゅうござります。甚だぶしつけでござりまするが――」
「何じゃい。退屈払いでもしてくれると申すか」
「致しまする段ではござりませぬ。日頃御贔屓に預りまするお礼方々、今宵深川へお供させて頂きとうござりまするが、いかがでござります」
「深川はどこじゃ。女子がおるか」
「御前は御名代《おなだい》の女ぎらい、――いいえ、おすきなようなお嫌いなような変ったお気性でござりますゆえ、手前にいささか趣向がござります。女子《おなご》もおると思えばおるような、いないと思えばいないようなところでござります」
 さすがは団十郎です。主水之介ほどの男を招くからには、何かあッと言わせるようなすばらしい思いつきがあるらしい口吻《くちぶり》でした。
「気に入った。その言い草が面白い。主水之介も嫌いなような好きなような顔をして参ろうぞ。早う舞台を勤めい」
「有難い倖《しあわ》せでござります。お退屈でござりましょうが、ハネるまでこの楽屋ででも御待ち下さりませ」
 その大切りのひと幕が終ったのは、街にチラリ、ホラリと夏の灯の涼しい夕まぐれでした。
「では、お約束の趣向に取りかかりますゆえ、少々お待ち下さりませ。――お
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