ん前へ立ちはだかると、あとは無言でした。黙ってにんめり打ち笑みながら、ぬうと向うの顔へこっちの顔をさしつけて、みい、みい、これを見い、というようにおのが指でおのが額の大看板を静かに指さしたものです。
 ぎょッとなってたじろいだところを、
「出口はあちらじゃ。行けッ」
「………」
「行かぬかッ。行かねば光るぞッ」
 睨んだ傷は江戸御免、しいんと見すくめたひと睨みに、たじ、たじとなりながら六人がさがりかけたのを見眺めて、怒気もろとも泳ぐように主水之介の前へ飛び出して来たのは腰本治右衛門でした。黒鍬者といえば土工です。千石の大身に成り上がっても、もとの素姓はなかなか洗い切れぬとみえて、言葉のところどころが巻舌がかってもつれました。
「誰に頼まれて要らざる真似をしやがるんじゃ。うぬは何者という野郎じゃ」
「その方、もぐりじゃな」
「なにッ。もぐりとは何じゃ! 怪しからぬことを申しやがって、もぐりとは何が何じゃ!」
「申しやがると申しおったのう。江戸に住まって、この眉間傷知らぬような奴は、もぐりじゃと申すのよ。その方も仲間ならば、出口はあちらじゃ。行けッ」
「た、たわけ申すなッ。鶉《うずら》ひと
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