肉の波を打たせて、ぐいと大きくあぐらを掻《か》きました。
 同時です。
 舞台の幕をやんわり揚げて、ぬうと静かにのぞいた顔がある。
「御前だ!」
「早乙女の御前だ!」
 まことやそれこそ、眉間の傷もなつかしい早乙女の退屈男でした。

       三

 観衆の目は、一斉に退屈男の姿へそそがれました。江戸|名代《なだい》の眉間傷がのぞいたからには、只ですむ筈はない。その眉間傷が今日はいちだんとよく光る。主水之介がまた実におちついているのです。
 揚げ幕からずいと出て、のそり、のそりと花道をやって来ると、猛《たけ》り狂っている黒鍬組小侍たちのうしろに、黙って立ちはだかりました。
 勿論下総十五郎の啖呵《たんか》は、大野ざらしの彫り物の中から、井水《いみず》のように凄じく噴きあげている最中なのです。
「べらぼうめ、見損った真似しやがるねえ! 江戸でこそ下総十五郎じゃ睨みが利かねえかも知れねえが、九十九里ガ浜へ行きゃ、松のてっぺんまで聞えた名めえだ。松魚《かつお》にしてもこんな生きのいい生き身はありゃしねえやい! 生かして帰《け》えせと言うんじゃねえんだ。のめすならのめす、斬るなら斬ってみろ
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