弥が風邪を引いたか引かないかをきいておいて、漸く思い出すのですから、恋持つ者は不埓《ふらち》ながらもいじらしいのです。
「な! お兄様、あの、先程から何やら気味のわるい御客様が御帰りを御待ちかねでござります」
「なに! 気味のわるい客とのう。どんな仁体の者じゃ」
「口では申されぬ気味のわるい男のお方でござります」
「ききずてならぬ。すぐ参ろうぞ。仲よく二人で舟の始末せい」
 パッと身を躍らせて一足飛び。主水之介の足は不審に打たれながら早まりました。

       二

 帰って見ると、なるほど客間に不思議な男がつくねんとして坐っているのです。
 年の頃は四十がらみ、頭に毛がなく、顔に目がある。――一向不思議はなさそうであるが、毛のない頭はとにかくとして、その目がいかにも奇怪でした。パッチリ明いているのに少しも動かないのです。その上に、男の身体そのものも、この上なく奇怪でした。まるで石です。しいんと身じろぎもせずに部屋の隅へ小さく坐って、しかもどことはなしに影が薄く、もぞりとも動かないのです。
「身共が主水之介じゃ。何ぞ?」
「………」
 あッともはッとも言わずに、動かないその目を明け
前へ 次へ
全45ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング