介の眉間傷も小魚共には利き目が薄いと見ゆるよ」
「はッ。御帰館との御諚《ごじょう》ならば立ち帰りまするでござりますが、釣れぬのは――」
「釣れぬのは何じゃ」
「水死人ゆえでも、御眉間傷の利き目が薄いゆえでもござりませぬ。冬の夜釣りがそもそも時はずれ、ましてやタナゴ釣りは陽《ひ》のあるうちのもの、いか程横紙破りの御好きな御殿様でござりましょうとも、釣れる筈のない時に釣れる道理はござりませぬ」
「わははは。身共を横紙破りに致したは心憎いことを申す奴よのう。眉間傷《みけんきず》も曲っておるが、主水之介はつむじも少々左ねじじゃ。馬鹿があってのう」
「は?」
「昔のことよ。昔々大昔、馬鹿があってのう。箒《ほうき》で星を掃き落とそうとしたそうじゃ。ウフフフ。主水之介もその馬鹿よ。釣れても釣れのうても釣りたくなると釣って見たいのじゃ。――帰るかのう」
いかさまつむじが言う通り少々左ねじです。主水之介いかに江戸一の名物男であったにしても、時でもない時に釣れる筈はない。だのに、釣れぬと知りつつ、こんな冬ざれの寒風をおかしながら、わざわざ夜釣りにやって来たのは、タナゴ釣りの豪奢極まりない清興に心惹かれた
前へ
次へ
全45ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング