のに会わねえよ。――真平御免やす! 御目障りでござんしょうが、通らせておくんなせえまし! 土左船でごぜえます!」
「なに! 土左船!」
小姓ひとりかと思ったのに、遠くから呼んだその声が伝わり届くと同時です。不思議な釣り舟の中から、凛《りん》とした声もろともにむっくり起き上がった今ひとりの人影が見えました。
眉間に傷がある。
誰でもない退屈男早乙女主水之介でした。
「土左船、水死人はどんな奴ぞ?」
「心中者でごぜえますよ」
「ほほう。粋《いき》なお客じゃな。何者達かい」
「男は京橋花園小路、糸屋六兵衛伜源七という書置がごぜえます。女は吉原三ツ扇屋の花魁|誰袖《たがそで》というんだそうでごぜえますよ」
「花魁とあの世へ道行はなかなかやりおるのう。よい、よい。通行差許してつかわすぞ。早う通りぬけい!」
ギイギイとひそやかに土左船がろべそを鳴らしながら、漕ぎ去っていったのを見すますと、さも退屈そうに、長々と伸びをしながら、吐き出すように主水之介が言ったことでした。
「面白うない。京弥、そろそろ罷《まかり》帰るかのう。精進日という奴じゃ。土左船に出会うようでは釣れぬわい。ウフフフ。主水之
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