」
「………」
「な! お兄様!」
「………」
「江戸の灯でござります。久方ぶりでござりますもの、さぞかしおなつかしゅうござりましょう」
「………」
「お! お兄様!」
「………」
「お兄様と申しますのに! な! ――お兄様!」
ところが当の御兄様は、生きているのか死んでいるのか、音なき風の如く更に声がないのです。
「もし! ……駕籠屋さん! 駕籠屋さん! 御兄様がどうかしたかも知れませぬ。ちょッと乗り物をお止め下さりませ」
「え?」
「呼んでも呼んでもお兄様の御返事がござりませぬ。どうぞなされたかも知れませぬゆえ、早う止めて、ちょっと御容子を見て下さりませ」
「殿様え! もし傷の御殿様え!」
少しうろたえて、ひょいと中をのぞくと、まことに、かくのごとく胆が坐っていたのでは敵《かな》うものがない。うつらうつらといいこころ持ちそうに夢の国でした。通う夢路は京か三河か日光か。それとも五十四郡の仙台か。久方ぶりに帰って来た大江戸の灯も、そろそろ始まりかけた退屈ゆえに、一向なつかしくもないもののごとく、軽いまどろみをつづけたままなのでした。
「ま! 子供のような寝顔を遊ばして、可愛いお顔!
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