旗本退屈男 第九話
江戸に帰った退屈男
佐々木味津三

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凧《たこ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)千|住《じゅ》
−−

       一

 ――その第九話です。
 とうとう江戸へ帰りました。絲の切れた凧《たこ》のような男のことであるから、一旦退屈の虫が萌《きざ》して来たら最後、気のむくまま足のむくまま、風のまにまに、途方もないところへ飛んで行くだろうと思われたのに、さても強きは美しきものの愛、肉親の情です。予期せぬ事からはしなくも呼び寄せて、はしなくも半年ぶりに出会った愛妹《あいまい》菊路《きくじ》と、そうして菊路が折々見せつけるともなく見せつけた愛人京弥との、いかにも睦じすぎる可憐な恋に、いささか退屈男も当てつけられて、ついふらふらと里心がついたものか、知らぬうちにとうとうふわふわと江戸へ帰り着きました。
 江戸は華《はな》の元禄《げんろく》、繁昌の真っ盛り。
 だが風が冷たい。――吹き出せば止むことを知らぬ江戸名物冬の木枯《こがらし》なのです。
 木枯が江戸の名物とすれば、それにも劣ら
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