――でも、つまらなそうでござりますな。どうしたら、わたくし達のようにうれしくなることでござりましょう。な! お兄様! お兄様!……」
呼んでみたとて恋もない独り者が恋のありすぎる二人者のように、そう造作なくうれしくなる筈はないのです。――そのまま駕籠は千|住《じゅ》掃部宿《かもんのしゅく》を出払って、大橋を渡り切ってしまうと、小塚ッ原から新町、下谷通り新町とつづいて、左が浄願寺《じょうがんじ》、右が石川日向、宗対馬守なぞのお下屋敷でした。真ッすぐいって三ノ輪、金杉と飛ばして行けば、上野のお山下から日本橋へ出て江戸の真中への一本道です。寺の角から新堀伝いの左へ下ると、退屈男とはめぐる因果の小車《おぐるま》のごとくに、切っても切れぬ縁の深い新吉原の色街《いろまち》でした。――もうここまで来れば匂いが強い。右も左も江戸の匂いが強いのです。
しかも、時刻はお誂え向の丁度宵下がり。
何ごとも知らないものの如く眠っていたかと思われたのに、その浄願寺角までやって来ると、俄然、カッと退屈男が息を吹き返した人のように、夢の国から放たれました。
「止めいッ。駕籠屋!」
「へ?」
「匂うて参った。身
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