い位でござります」
 容子ありげな町奴の不審な言葉に、退屈男の向う傷はピカリと光りました。
「異な事を申す奴よ喃。先程も表で怒鳴ったのをきけば、身共が帰って参ったと知ったゆえ駈けつけて来たとやら申しておったが、何ぞ用でもあって待っておったか」
「お待ち申していた段じゃござんせぬ。江戸へ御帰りなれば何をおいても吉原へお越し遊ばすだろうと存じまして、今日はおいでか明日はお越しかと、もうこの半月あまり、毎夜々々五丁町で御待ち申していたんでごぜえます。今晩もこちらのお絹さんと、――こちらはあッしの知り合いの棟梁《とうりょう》の御内儀さんでごぜえますが、このお絹さんと二人していつもの通り曲輪へ参りましたところ、うれしいことにお殿様が旅から御帰りなせえまして、今しがた、ひと足違げえに御屋敷へ御引き揚げ遊ばしましたとききましたゆえ、飛び立つ思いで早速御願げえに参ったのでごぜえます」
「毎夜吉原で待っておったとは、ききずてならぬ事を申す奴よ喃。飛び立つ思いで願いに参ったとやら申す仔細は一体どんなことじゃ」
「どうもこうもござんせぬ。あッし共|風情《ふぜい》の端《は》ッ葉《ぱ》者《もの》じゃどうにも手に
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