負えねえことが出来ましたんで、ぜひにも殿様にお力をお借りせずばと、ぶしつけも顧みずこうしてお願いに参ったのでごぜえます」
「なに! 主水之介の力が借りたいとのう。ほほう、左様か。相変らず江戸はちと泰平すぎて、傷供養《きずくよう》らしい傷供養もしみじみと出来そうもないゆえ、事のついでに今宵にもまたどこぞ長旅へ泳ぎ出そうかと存じておったが、どうやら話しの口裏《くちうら》を察するに、万更でもなさそうじゃな」
「万更どころじゃねえんですよ。あッしゃいってえお殿様が黙ってこの江戸を売ったッてえことが気に入らねえんです。御免なせえましよ。お初にお目にかかって、ガラッ八のことを申しあげて相済みませんが、こいつアあッしの気性だから、どうぞ御勘弁下せえまし、そもそもを言やア御殿様は、傷の御前で名を御売り遊ばした江戸の御名物でいらッしゃるんだ。その江戸名物のお殿様が、御自身はどういう御気持でのことか知らねえが、あッしとら殿様贔屓の江戸ッ児に何のひとことも御言葉を残さねえで、ぶらりとどこかへお姿を消してしまうなんてえことが、でえ一よくねえんですよ。何を言っても江戸は日本一御繁昌の御膝元なんだからね。こちらに
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