はり深い霜です。
 日光から江戸まではざッと三十里、飛脚でいって、早駕籠で来るならば、三日目のその今日あたりは、もうそろそろ妹菊路が駈けつける頃でした。待つうちに陽がおち、丁度夕方――。
「御老体」
「何じゃな」
「身共にわるい癖が一つござってな」
「なるほど、なるほど。里心がおつき申したか」
「どう仕って。宿までさせて頂いて、いろいろと御造作に預る居候《いそうろう》の身がわがまま言うて相済まぬが、旅に出るとどういうものか身共、三日目に一度位ずつ、塩ものを食さぬと骨放れが致すようでならぬのじゃ。夕食に何ぞよい干物《ひもの》御無心出来ませぬかな」
「ウフフ。これはどうも恐れ入った。口栄耀《くちえいよう》をした天罰《てんばつ》でござりますわい。お直参旗本千二百石取り疵の早乙女主水之介[#「主水之介」は底本では「主水之」と誤植]と言わるるお殿様が、干物を好物とは話の種でおじゃる。と申すものの、実は、ウフフ、この正守もな」
「御好物か」
「恥ずかしながらこの通り、今日は出そうか今日は出そうかと、そなたに気兼ねして実はこの本箱の奥に隠しておいたのじゃ。口の合うたが幸い、早速に用いましょうわい」

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