のうしろと覚《おぼ》しきあたりです。しかも、声はさらにつづいて伝わりました。
「逃げた。逃げた。野郎め、そッちへ逃げたぞッ」
「追ッかけろッ。追ッかけろッ。逃がしてなるもんかい! 逃がせばこんな奴、御領主様に何を告げ口するか分らねえんだ! 叩き殺せッ、叩き殺せッ」
 怒号と共にバタバタという足音が聞えたかと思うや、必死にこちらへ逃げ走って来たのは、意外! あの消えて失くなった鳥刺しなのです。追うて来たのがまたさらに奇怪! 十人、二十人、三十人――、いやすべてでは五六十人と覚しき農夫の一隊でした。しかもその悉《ことごと》くが手に手に竹槍、棍棒《こんぼう》、鍬、鎌の類をふりかざしているのです。
 一|揆《き》?
 百姓一揆?
 どきりと退屈男の胸は高鳴りました。一揆だったら事穏かでない。――まさに由々敷重大事なのです――その刹那、足の早い農民の両三人が砂煙あげつつ鳥刺しの背後に殺到したと見るまに、早くすでに四ツ五ツ、棍棒の乱打がその背を襲いました。同時にそれを見眺めるや、白髯痩躯《はくぜんそうく》の老神主が、主水之介に狙いつけていた手槍を引きざま、横飛びによたよたと走りよると、勿論叱って制
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