に逃げ出そうとした女スリを横抱きに猿臂《えんび》を伸ばしざま抱きとると、
「総門外までちと土産に入用じゃ。――女! 騒ぐでない。江戸旗本がじきじきに抱いてつかわすのじゃ」
 もがき逃れようとして焦るのを軽々と荷物のように運びながら、うしろにおどおどしている恋の二人を随えて、ずいずいと歩み出しました。
 しかしその時、荒法師玄長のひと泡吹かしてやろうと言うのはそれであるのか、ドンドンとけたたましく非常太鼓を打ち鳴らしながら、表の闇に対って叫ぶ声が聞かれました。
「霊場を荒す狼籍者《ろうぜきもの》が闖入《ちんにゅう》じゃッ。末院《まついん》の御坊達お山警備の同心衆《どうしんしゅう》! お出合い召されいッ、お出合い召されいッ」
 同時に、あちらから、こちらから霊場聖地の、夜半に近い静寂を破って、ドウドウいんいんと非常の太鼓が非常の太鼓につづいて鳴りひびいたかと思われるや、けたたましく叫び合ってどやどやと足音荒く殺到《さっとう》する気勢《けはい》が伝わりました。
 だが退屈男の自若《じじゃく》ぶりというものはたとえようがない。
「わははは、人足を狩り出して御見送り下さるとは忝《かたじ》けない。
前へ 次へ
全41ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング