旗本退屈男 第六話
身延に現れた退屈男
佐々木味津三
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)杜《もり》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)三|的《てき》!
−−
一
その第六話です。
シャン、シャンと鈴が鳴る……。
どこかでわびしい鈴が鳴る……。
駅路の馬の鈴にちがいない。シャン、シャンとまた鳴った。
わびしくどこかでまた鳴った。だが、姿はない。
どこでなるか、ちらとの影もないのです。見えない程にも身延《みのぶ》のお山につづく街道は、谷も霧、杜《もり》も霧、目路の限り夢色にぼうッとぼかされて只いち面の濃い朝霧でした。しっとり降りた深いその霧の中で、シャンシャンとまた鈴が鳴りました。遠くのようでもある。近くのようでもある。遠くと思えば近くに聞え、近くと思えば遠くに聞えて、姿の見えぬ駅路の馬の鈴が、わびしくまたシャンシャンと鳴りました。――と思ったあとから、突如として、声高《こわだか》に罵り合う声が伝わりました。
「野郎ッ、邪魔を入れたな。俺のお客だ、俺が先に見つけたお客じゃねえかッ」
「何ょ言やがるんでえ
次へ
全41ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング