すなれど、あのそのような、そのような大きいお声をお出しなさいましては、奥に聞かれるとなりませぬゆえ、もう少しおちいさく……」
「なに! では、そなたの災難も今奥へ消えていった荒法師玄長に関《かかわ》りがござるか」
「あい。ある段ではござりませぬ。あの方様は御院代になったのを幸いにして、いろいろよからぬ事を致しまするお方じゃとの噂にござります。それとも知らずお弟子の念日様《ねんにちさま》に想いをかけましたがわたしの身の因果――、わたくしは岩淵の宿《しゅく》の者でござります。このお山の川の川下の川ほとりに生れた者でござります。ついこの春でござりました。念日様が御弘法旁々《ごぐほうかたがた》御修行のお山の川を下って岩淵の宿へおいでの砌《みぎり》、ついした事から割りない仲となりましたのでござります。なれどもかわいいお方は、いいえ、あの、恋しい念日様は御仏に仕えるおん身体、行末長う添うこともなりませぬお身でござりますゆえ、悲しい思いを致しまして、一度はお別れ致しましたなれど――。お察し下されませ。女子《おなご》が一生一度の命までもと契った恋でござりますもの、夢にもお姿忘れかねて、いろいろと思い迷
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